Devilish Egocentric Pictures ver.7.0

日々の感動を大切にしながら生きている似非ブロガーが考えた事や感じた事を吐き出す場所

「何故自分の考えは伝わらないのか」を考える時

不況が続いたり、なにか不安な状況が続いたりすると人は自己防衛の為か、なにかと考えたくなるものらしいです。望ましくない状況に立たされ心的なストレスや苦痛を感じているものですから、なんとかその状況を自分の中で納得し心の折り合いをつけたいと思うからなのでしょう。

 何故こんなに苦しいのか、何故思うように周りの状況が変化しないのか、何故自分の考えは伝わらないのか、等々、人は日々の生活の中で「気持ちよく無い状況」の連続の中で生きていますからね。

 こう云う誰にでもいつでも起こっている出来事に対して、さてどういう行動を起こしていくことが正解なのかと言えば絶対的な正解などないわけです。

 変化し続ける日常の中で、相対的な答えをフレキシブルに見つけていかなければ、「気持ち良く無い状況」の打破には繋がりにくいと思います。大抵の場合は人との関わり方が関係するようでして、おかしな対人関係を構築すると答えを見つけにくくなるというケースをよく見かけるんです。

 年齢的に大人になっている人の中にも、無自覚に対人関係のスキルが低いと云う人は全然珍しくありません。

 無自覚というのがなかなか厄介で、自分ではそこの部分が弱いとは思っていないものですから、「何故自分の考えは伝わらないのか」と云う疑問の原因を探す時に、自分に原因があるかもしれないと云う可能性に気が付きません。稚拙なプライドに囚われているケースなどもよく見かけます。

 信念を持ち続けながら更に変化への対応力がなければならないのだから、それはそれで難しいことなんですけども。

 人に指示を出したり作業を配分したりして、自分一人では到底達成することが出来ないような目標に向かうと云う事をしていると、自分の考えや思いを伝えることの重要性が一気に跳ね上がりました。伝える努力を軽減するなど、今では考えられないほどに。

 原因は自分かもしれない?と云う可能性は捨てずに置く事をオススメします。そこで意地を張らずに考えてみたら案外簡単に解決する事もありますから。

 自分ひとりで出来ることなどたかが知れていると云う事実を受け入れるのはほんのり痛みを伴うワケですが、事実として受け入れることが出来た途端に、すべき事と出来る事とやりたい事が驚く程鮮明に見えて整理されたのも、また事実なんです。

 価値観を変えることは難しいので一生に1回あるかないか程度のことでしょう。考え方や生き方は必ずしも価値観と完全一致していなくても、自分の欲求を満たすことは可能なのだなと小悟に至る。■■

だから、読み手に伝わらない! (もう失敗しない文章コミュニケーションの技術)

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あなたの話は、なぜ伝わらないのか?

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